「成長」ってそこまで必要なのか?

先週末は参議院議員選挙でした。
もちろん私は、期日前投票で義務を果たして来ました。

今回は参議院ですが、やはり今回は18歳選挙、ということで、選挙権が18歳以上となって初の国政選挙です。
若い人の声を政治に届けるためにも、若い人たちがたくさん選挙に行く、ということがまずは大事なのかなと思います。
年寄り向けの政治なんて、もうやめていただきたい。

そうするためにも、若い人の投票率が上がる、ということが、まずは政治家たちの関心を向けるものだと思います。
なんとかみんないっていただきたいものです。(TVを見る限りでは、10代の投票率は思わしくないようですが。。。)


さて、安部政権は、政権の成果として経済や雇用率、そしてこのままの成長戦略を続けていく、という話をしています。

しかし、本当にこうやって成長していくのが、みんなの幸せになるのか、っていうことを最近よく考えるようになりました。
実際成長できないかもしれないけど、がんばって成長を目指していきましょう!、みたいなことです。

「成長」というと、成長することで多くの人が幸せになるような感じがしますが、現状はやはり一部の元々高収入の人や高給取りがさらに成長しているだけで、下々のものにその恩恵がなかなか伝わらないように思えます。
大企業が、その儲けたお金を溜め込んでしまっている、ということも少なからずあるようです。

成長を目指すためにがんばろう、といってがんばっても、その果実を手に入れられるのが一部の人だけ、ということになると、なんだかがんばっている下々の人たちが損しているように思えますね。

では、がんばることが本当に幸せなのか、っていうのが次の私の疑問です。

がんばってそれ相応の報いを受けることはとても重要。
でも、外国の人たちって、たとえばアメリカ人やイタリア人がそこまでがんばって働いているか、って話です。
お休みもたくさんあり、休憩もたくさんとる。
それでそれなりのお給料がもらえて、仕事以外の時間が充実できれば、それはそれでありなのではないかと最近思っています。


そう思うようになったのも、数ヶ月前に私より3歳若い実の弟が亡くなりました。これがきっかけです。
直接の死因は、急性心不全、というやつです。

が、詳しく話を聞くと、直前まで夜勤が続いており、精神的にも体力的に疲れている上、休日は子供と全力で遊び、さらに疲れて、そのタイミングで運悪くインフルエンザに罹ってしまったようです。夜寝て、二度と起き上がってこなかったようです。
亡くなる数ヶ月前の健康診断でも、すべてAで、まったく大きな病気もしたことがないような、いたって健康体だった弟が、単なる疲れと、タイミング悪く病気にかかると、簡単に死んでしまうわけです。

家族や友人たちは大変悲しみ、幸せとは程遠い状況が続いています。

彼が全力で働いて、そしてあわよくばものすごいお金を稼いだとしても、こうなってしまったら、幸せも何もないわけです。

人って割と簡単に死んでしまう、ということ。そして、(精神的にも)疲れている、ってことがいかに生命に問題を与えるか、ということを考えてしまいました。

そうだとるすと、命すり減らして働いて、あわよくばお金を稼いできたとしても、疲弊し、ひいてはその人が死んでしまったら幸せも何もないのかな、ということを改めて考えてしまったわけです。


翻って今の日本の政治。
成長戦略、日本の成長。とにかく成長成長。成長しないと幸せになれないような論調です。

ただ、そのために大勢の人が疲弊し、がんばらなければならないなら、成長をしなくても今のままでも、もっと幸せになれる方法があるのではないかと思ってしまったわけです。
成長成長言うから、なんかやらなければいけない、みたいな空気になっていますが、今のままの給料でもそれなりに幸せは紡げるような気がしています。

いくらやっても大して増えないものなら、今のまま幸せになれる方法を考えてくれた方が、有意義なような気がしてきています。
そんなに、しゃかりきにがんばる必要があるのか、って感じです。


無理に成長しなくても、無理にがんばらなくても、多くの人が幸せになれるような政治を行ってほしいものだ、と最近思います。








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